【連載】失敗から学ぶ海外人事(第7話 海外駐在員 帰国したらただの人)
2019.04.22
第 7話 海外駐在員 帰国したらただの人
海外での勤務は、本当に苦労が多いですが、日本での仕事と比べて裁量の範囲が広く「やりがい」を感じること も多々あります。日本の本社からすると、海外駐在員は事業所を動かすキーマンですから、何かと脚光を浴びることが多いのです。
日本では、「実務実行者」だった人が、海外事業所では「経営者」であったり、「管理者」としてのスキルが要求されます。 でも、現地には経営の「いろは」を懇切丁寧に指導してくれる人は、殆どいません。
海外事業所に派遣された平社員の私は、突然、社内のスターとなって発信する情報や決定したことが、いろいろ取沙汰されるようになったのです。本社では、私しか頼る者がいませんから、ヘソを曲げないように凄く気を使ってくれていたのです。
若気の至りで、いい気になってしまった私は、帰任してからやっと夢から冷めたのでした。同時に、日本での仕事に生きがいを感じなくなってしまいました。多くの企業で、同様のことが起こっている と思います。
今回は、帰任後の元海外駐在員の活用を考えてみたいと思います。
メキシコ工場での任期が終了したのは、 2001 年 9 月のことでした。私は、家族と共に飛行機に乗って、帰国の途についていました。海外での仕事や生活について、ほとんど勉強もせず赴任して、マネージメントの難しさなど全く意識せず、 5 年間バタバタと目の前にある問題に対応するだけの駐在生活でした。
「あ~ぁ、やっと終わったな・・日本に帰ろう。メキシコ工場での経験を、日本での仕事に活かして、がんばろう!」
それが、大きな幻想だったことに気が付くのに、そんなに長い時間は必要ありませんでした。
【駐在中に得たものは?】
私の海外駐在中の仕事のやり方は、兎に角、即断即決で行動力を発揮するという原則に基づいていました。
大勢の外国人を自分の管理下に置いて、まごまごしていたら、その時点で「甘く見られて」統制がとれなくなってしまいます。毎日の準備が重要で、間違った指示を出さないように細心の注意を払わなければなりません。
回答を保留したり、判断を間違ったりすると、数時間後には現場が混乱してしまうリスクが高まります。なぜなら、的確な指示が来ないと、現地スタッフは自分の裁量で仕事をしてしまうことが多いからです。
「あっ、それは本社に訊いてからじゃないと分からないから、ちょっと待ってね」
そんなこと言うと、「何も決められない立場の人」として、部下に対する統制力を失うのです。現地スタッフは、いつも「すぐに決めてくれる 人」を探しているのです。
極端な話のように聞こえるかもしれませんが、多くの日本人駐在員が現地で直面する困難は、「待ったなし」の状況に毎日のように追い込まれることなのです。
今にして思えば、多くの海外駐在員の皆さんが経験しているように、 1 日 24 時間、 1 週間 7 日、 1 年 365 日、ずっと仕事のことばかり気になっていて、心の休まる時がほとんどない生活でした。
国や地域によって、レベルは違っていますが、海外のオペレーションでは「事態即応能力」が、非常に重要です。海外駐在員が駐在中に習得するスキルは、語学や異文化理解といったアカデミックな領域があります。しかし、この「事態即応能力」が海外事業所の現場では、最も重要且つ有益なスキルなのです。
「事態即応能力」は、とても聞こえがいいですが、実は日本人がとても苦手な「リスクをとる」ということが要求される、肝試しのようなものです。
私は、日本の同僚達が「社内交渉スキル」を伸ばしている間、この「事態即応能力」という、日本の組織には馴染みにくいスキルを経験的に学んでいたのでした。
【すぐには何も決まらない組織】
私は、帰国後の配属先でも、海外勤務時の「流儀」で仕事をしようとしました。上司には
自分の意見をはっきり述べ、周囲には言いたいことを言い、決裁を急ぎ、即行動する・・・・。
でも、ある日、気が付いたのです。「俺、浮いちゃってるな・・・」
日本企業は、物事を決定するまでに、相当の時間をかけて熟考するのが一般的です。そして、担当者→課長→部長→役員といった具合に、案件が上程されていって、最終的には「会社ぐるみ」で納得しないと、何も起こらないのです。
動きが遅い一方で、時間をかけて慎重に議論することによって、さまざまな問題点が精査され、事前に対策が準備され、全社のレベルが統一され、妥当な結論が出てくるのです。ある意味では、それが日本企業の屋台骨を支える仕組みになっていると思います。
日本の同僚達は、会議資料や役員資料の作成、社内交渉の進め方、打合せ・会議の進行、社内の情報展開、といったスキルを叩きこまれ、社内人脈の中で仕事することを学んでいたのです。それは、政治といっても良いかもしれません。
そういう組織の中では、私が海外勤務中に習得した「仕場面はありませんでした。私の仕事の仕方は、日本では「着」で、「思慮が浅い」と受け取られていたのでした。
【ただの人は、とても退屈】
メキシコ工場で重要人物だった私は、組織の底辺にいる「ただの人」に戻っていたのです。「ただの人」としての仕事は、とても退屈でした。日本の本社には、海外で習得したスキルを活かす職場は、どこにもありませんでした。
それどころか、「扱いにくい生意気な奴」という位置づけになってしまうのです。これは、若年層の海外駐在員に起こる傾向があるようです。
私は、ある時期から自分の意見は言わずに、可能な限り大人しく仕事をするようになりました。その方が、周囲との摩擦が少なくて安全だからです。
【人材をムダにしていませんか?】
海外事業所でさまざまな経験をし、現地でのマネージメント経験のある「元海外駐在員」を帰任後に活用出来ている企業は非常に少ないと言われています。
ビジネス雑誌等では「グローバル人材育成」が、頻繁に取沙汰されています。グローバル人材育成の手始めに、「元海外駐在員」を十分に活用できていない理由を、深く洞察することは、とても有益かもしれませんね。
海外駐在員が赴任から帰任までの期間、どのくらいの経費が掛かっているか、試算してみることをお勧め致します。
国内勤務以上に支払う海外給与、グロスアップした会社負担の所得税、 社会保険料、引越費用、住居手当、配偶者手当、子女教育手当、赴任・帰任時支度金、語学研修、赴任前研修、渡航・帰国航空券、社有車経費、一時帰国費用、などなど、莫大な費用が掛かってますよね?
海外駐在員は、海外事業所の経営を担う一方で、「海外事業のマネージメントを経験的に習得した人」という、会社にとって貴重な人的財産と捉えることも重要です。そして、その経験は、会社の莫大な投資によって得られたものなのです。
とんがった態度をとったり、はっきりものを言ったりする彼らを活用するのは、とても骨が折れますよね。逆に、 周囲との摩擦を嫌がって、海外での経験を胸の内にしまいこんで、目立たない様に大人しくしている人がいるかもしれません。
でも、グローバル化が急速に進行していると言われている日本で、彼らの経験は、会社にとって頼もしい戦力になるかもしれないのです。
次回は、「海外勤務者の給与」について、考えてみたいと思います。